小説「アルジャーノンに花束を」のあらすじ・感想を紹介していく

   

aruzyanon

「アルジャーノンに花束を」と言うタイトルからして、恋愛要素の強いSFかなと思っていたら、良い意味で裏切られた作品でした。

今回は、ドラマでも話題を集めた小説「アルジャーノンに花束を」のあらすじ・感想を紹介していきます。

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「アルジャーノンに花束を」のあらすじ

幼児なみの知能しかない32歳のチャーリーに、大学教授から、頭を良くしてくれる手術を受けることを依頼される。

手術は成功し、チャーリーはみるみる知能が上昇し、最終的にはIQ185(ガリレオ・ガリレイ並み)にまで成長を遂げる。

しかし、天才に変貌を遂げたことで、人間の愛、憎しみ、孤独を知ることになり、「生きるとは何か、幸福とは何か?」と苦悩する。

「アルジャーノンに花束を」の感想

「幸福とは何か?」を物語を通して問い続ける作品

本作の冒頭では、知的障害者である主人公チャーリーが、とある手術を受けることで知能が爆発的に上昇する、と言う事実が描かれていました。

本作は一応SF小説に分類されていて、冒頭だけ見るとSFチックな印象を受けますが、あくまでも本作では、人間の愛憎や孤独な姿を通して「幸福とは何か?」に焦点を当てて描かれている印象を受けました。

なので、科学的な要素に期待したり知的障害者の物語として読もう、と言う人には、本作は良い意味で裏切られることになります。

人が人を好きになるとは何なのか?

本作で個人的にインパクトの強かったのが、以下の文章です。

彼女にも他のみんなにももはや言うべきことは何もない。だれひとり私の眼をのぞきこもうとするものはいない。敵意がひしひしと感じられる。

以前、彼らは私を嘲笑し、私の無知や愚鈍を軽蔑した。そしていまは私に知能や知性がそなわったゆえに私を憎んでいる。

なぜだ?いったい彼らは私にどうしろというのか?

引用:「アルジャーノンに花束を」p.170

主人公のチャーリーは、「頭が良くなればもっと皆から好かれる」と考えたことで手術を受けた部分もあります。しかし、待っていたのは、他人が自分を拒絶している現実でした。

このような状況と言うのは、ボクたち現実世界の人間でも、よくあることの様に感じました。例えば、近所の小さい子供をかわいがっていたけど、成長したら積極的に接しないようになる、と言う状況。

もちろん、単純に小さい子供がかわいいから接すると言う面もありますが、もしかすると「自分よりも圧倒的に力がない存在で、安心して接せられるから」子供と接しているのかもしれませんね。

そう考えると、人が人を好きになるとは何か、と疑わざるを得なくなりました。

原著(英語)ではどんな感じで書かれているのか?

本作はチャーリーの主観で描かれていて、読者はチャーリーが書いている「経過報告」と言う日記を通して、物語を読み進めていくようになっています。

なので、チャーリーが手術を受ける前の知能が低い時の文章は、以下の様に「句読点なし、ほとんどひらがな」と見にくい文章が書かれています。

ストラウスはかせわぼくが考えたことや思い出したことやこれからぼくのまわりでおこたことわぜんぶかいておきなさいといった。

引用:「アルジャーノンに花束を」p.15

「誰々は~」の「は」を「わ」と書いていたり、「起こった」を「おこた」と書き間違えたりして読みにくい文章になっていますが、この誤字の多い文章は原著ではどんな感じで書かれているのか気になったので、調べてみました。

Dr Strauss says I shoud rite  down what I think and remembir and evrey thing that happins to me from now on

原著の方でも、チャーリーの手術を受ける前の様子を「誤字」を使って表現していました。

目に付くだけでも、「shoud→should」や「rite→write」、「remembir→remember」とか他にもあります。

でも、不思議なことに、誤字や句読点がなくても、日本語・英語と読むのにそこまで苦労しなかったのは興味深いです。

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