『山月記』のあらすじや感想・解説を紹介していく

   

山月記 感想

大人の日本人なら誰でも読んだことはあるであろう、中島敦の「山月記」。

ボクも高校2年の国語の授業で習った時には「道徳的で面白くねーな」と思っていましたが、違った視点で読んで見るとこんなにも面白いのか、というのに気付いたので紹介していきます。

By: Koshy Koshy

スポンサーリンク

『山月記』のあらすじ

「山月記」の話は大きく3つに分けることができます。

第1部:主人公、李徴(りちょう)について

博学で才能に溢れている「李徴」は自尊心が高く、今のまま地位が低い官位で一生を終えることを潔しとしなかった。

そこで彼は、詩人として名声を得るために職を捨て人間関係を断ち詩作にふけたが、なかなか大成せずに元の職に戻ることになる。

しかし、李徴の元同僚たちが出世をしており、李徴は彼らの命令に従わなくてはならない。自尊心の高い李徴はこの環境に耐えきれず、ある旅の最中に山中で発狂してしまい、その後誰も李徴の姿を見る者はいなかった。

第2部:袁惨(えんさん)が山中で虎になった李徴と出会う

李徴の友人である袁惨は、仕事の都合で商於(しょうお)に行くことになり、その道中の山中で虎に成り果てた李徴と再会をする。

その時に、李徴は自分が虎になってしまった経緯や虎になった後の悲惨な運命について語り始めた。

第3部:李徴が最後の頼みとして、自分の詩を発表する

しかし虎になった後でも、李徴は自分が詩人として名声を得る野望を忘れておらず、袁惨に「今から読む自分の詩を伝録して、後世に伝えてほしい」と頼んだ。

読み終わった後に、李徴は「家に残した妻子の面倒を見てほしい」と最後の頼みをし、「まず自分の事の前に、そのこと(妻子のこと)を気にかけるべきだったな」と自嘲気味に笑い、姿を消した。

『山月記』の感想

普通に読んでいれば、「不遜で人間関係を大事にしない哀れな男が、悲惨な末路を辿る。だから、周囲を大事にして謙虚に生きようね」と言うことを表現している小説に思えますが、そんな単純な話ではないように感じました。

と言うのも、山月記を読んでいく内に、ふと疑問に感じたことが2点あったからです。

1、なぜ李徴が変身した動物が「虎」なのか?

そもそも、なぜ主人公の李徴が生まれ変わった動物が、「虎」なのでしょうか?別に、熊でもゴリラでも良かったはずです。

調べてみると、古代中国では「虎」と言う動物のイメージは以下のようなものだったようです。

「百獣の王」と称えられる虎は,他を圧倒する実力ゆえに動物界で覇を唱えているが,言語文化や民俗文化においても、強者や王者のイメージ,英雄 豪傑のシンボルとして受け取られている。

(中略)

反面,虎は獰猛,危険,残酷の象徴でもあり,“虎口”,“虎穴”などの言葉 や一部の民話はこの負の面を反映している。虎はこの本性ゆえに,悪者の象徴 とされ,“龍争虎斗”は横暴の限りを尽くす虎のイメージを映し出している。

引用:虎のイメージに関する一考察

本作の場合は残虐のイメージで虎が使われたと推測できますが、反対の意味で「強者や王者のイメージ」があると言うのが気にかかります

2、李徴は全く反省していない

もし、本作が「周囲を大事にして謙虚になろうね」と言う道徳的な内容であれば、結末としては「李徴がこれまでの行いを反省した姿」を見せるはずです。

しかし、李徴は全く反省しておらず、虎になった後でも袁惨に妻子のことよりも「自分の詩を後世に残してくれ」と頼んでいるのです。

本当は、先ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったのなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕すのだ。

引用:「山月記」p.18

この文章から分かるように、これまでの過ちを深く反省はしておらず、「やべっ、また同じ過ち繰り返しちゃった。いけね(テヘ)」と言っているのです。

それに、自分の姿が虎になったと言うショッキングな出来事があったら、そこで深く反省をするチャンスがあったのにそれを逃しているんですね。

つまり、「山月記」は別に道徳的な内容ではないことが、この事からも分かります。では、どんな内容なのか?

「山月記」の著者・中島敦とはどんな人物だったのか?

では、山月記を書いた中島敦とはどんな人物だったのでしょうか?

中島さんの性格について書かれている内容がネット上にあったので、いくつか紹介します。

中島敦の暗さは、俗物への嫌悪からきていると説くのは釘本久春である。

中島は、いうまでもなく俗物が大嫌いであった。また、立身出世欲は、こと文学者、芸術家に関しても、彼の最も軽蔑していたところである。

内向的で孤独の影が深かった中島敦は、心を許した相手には見違えるほどの明るさを見せる。中島敦が兄事していた深田久弥の妻は、彼が訪ねてくると姪も女中たちも家中が集まって、その明るい座談に聞き惚れたという。

そのため、彼に供する食膳は取って置きのものだったが、手のかからぬように大急ぎで調理された。

引用:中島敦の青春

 

〈狼疾〉とは、『孟子』の「其(そ)の一指を養い、その肩背を失いて知らざれば、すなわち狼疾の人と為(な)さん」という文章から来たもので、指一本を惜しむあまり、肩や背までをも失ってしまう人の謂(い)いである。

中島敦は、これを根源的な「観念」の無根拠性に囚(とら)われるあまり、現実の世界や人間存在を見失ってしまう人間のことと解している。もちろん、それは誰にもまして、中島敦自身のことだろう

引用:【レビュー・書評】狼疾正伝―中島敦の文学と生涯 [著]川村湊 - 書評 - BOOK:asahi.com(朝日新聞社)

以上のことから中島さんの人格をまとめてみると・・・

  • 俗物が嫌い。特に文学者たちの出世欲が大嫌い。
  • 文学にハマり過ぎて、周囲が見えなくなる
  • 基本的に性格が暗く、近づきがたい

「出世欲が嫌い」と言う部分を除けば、中島さんの人格はまさに李徴そのものと言えるのではないでしょうか?

つまり、この「山月記」は、著者・中島敦の内面を映し出した鏡のような作品と言えるわけです。

「山月記=道徳的な内容」ではなく「山月記=中島さんの半生」と言う見方で読んで見ると、また違った楽しみ方ができますね。

スポンサーリンク

この記事をシェアする

スポンサーリンク

この記事と関連がある記事

スポンサーリンク